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我が子に普通を求めてしまう自分に思い悩む

小2になる上の娘がユニークすぎて悩ましい。

泣きながら帰って来たからどうしたことかと思えばカラスがこっち見て怖かったとか。
宿題に掛け算のプリントが出て、5の段を全部2の段で答えて5x0=0以外全問不正解とか。

その癖に、と言うのは違うけど、描いた絵が学年で一人選ばれて市のコンクールに出てみたり。
家の手伝いが好きで、風呂掃除や皿洗い、廊下階段の雑巾がけぐらいならいつのまにかやってくれてたり。

それだけできるのに、友達が5分で終わらせる宿題が2時間かかっても終わらないとか、それでも翌朝早起きしてでも終わらせたいとか。
月に数回、変なスイッチが入ると5分で終わることもあったりする。

産まれた時に、よその子と比べることだけはするまい、と決心したものの日々揺らぐ親心。
違いすぎるんだもん。
もうわけわかんない。

決してできないのではない。
スイッチが入っていれば人並みにはできる。
やればできる、俺の一番嫌いな言葉だ。
やるなら今しかねぇ。

ただ、スイッチの入れ方が分からない。
一人じゃ寂しくて何もできないくせに、みんなといると嬉しくてのぼせ上がってやっぱり何もできない。

環境を与えるのは親の仕事だ。
スイッチの入りやすい環境を整えて、気持ちよく頑張らせてあげたい。
あげたいんだが、そのスイッチはいつ入るんだ?


忘れもしない産まれた時のこと。
産まれたと同時に始まった十年に一度の大雪。
西日本なのに一晩で80cmも積もり、翌日から一週間降り続いて交通に多大な影響を及ぼし、俺も一週間の臨時休業。
その後も里帰りしている妻子に会いに行くたびに雪。
雪のない土地に育った俺には毎回命懸けのドライブだった。

今も娘の予想だにしない行動に日々直面している訳だが、俺は命懸けで対応できてはいない。
怒ってしまった後で苦しくなることも多々ある。
与えられるものに限界はあるものの、俺の手で可能性を潰してはいないか?
大好きだよ、ってメッセージを「つい」送れないこと、多くないか?

あの子はきっと馬鹿と天才の境目にある紙一重の細い道を8年間歩き続けているんだと思う。
至らない親父が成長し、我が子の才能を開花させてやれるその日のために、不思議ちゃんの称号に甘んじながら危ない橋の上で待ってくれているのかも、なんて思うことがある。


産まれた時に妻と話した言葉。
人の気持ちのわかる優しい子に育ってくれればそれでいい。
多分、5歳ぐらいでその願いは叶っている。
親として子供に望みすぎている気がしている。

でも、もう少し普通であればどんなに楽だろう。

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