トラック運転手という仕事はなくならなかった

割とパソコン少年だった俺。
小学生の頃には、ゲームプログラミングの真似事などやっていた。
当時パソコンブームのようなものはあったものの、購入した大半の家庭では、パソコンは、デカくて、高くて、ゲームしかできない箱だった。
俺の意識も、パソコンは、ゲームが作れる、高くて、他の役に立たない、知的な箱庭だった。

変化を感じたのは高校生の頃。
とあるパソコンの雑誌で、FM-TOWNSで気象衛星ひまわりからデータを受信できる、と紹介していた。

なるほど、パソコンの処理能力と、外部の機器を組み合わせれば、色々なことが自動化できそうだ。
そのうち、天気予報なんかテレビで見る必要なくなるな。
コンピュータの普及が進んだら、仲介する人間の仕事は減って行くだろう。
とは言え、コンピュータは単純な繰り返しが得意だから、単純労働から順に、人間の仕事は奪われて行くだろう。
単純労働といえばトラックの運転手だ。
だから、運転手のような仕事には就くまい。

我ながらいい読みしている。
途中までは。

パソコンにはそこそこ詳しかった俺だが、社会を知らなかったがために、正しく未来を予測できなかった。

21世紀初頭、トラックの運転手という仕事は存在している。
理由は簡単、トラックの運転手は単純労働なんかじゃないからだ。
お客さんに荷物を届けるという、高度に人間的な作業も、その仕事に含まれているからだ。

もっと単純な、二点間輸送であるはずの貨物列車ですら、完全なる自動化には至っていない。
これも理由は簡単。
人間の生活圏内を通過するがために、万が一の事態に備える必要があるからだ。

その一方で、お好み焼きをふっくらと焼き上げ、冷凍食品としてパッケージする仕事は、ロボットによる自動化がなされている。
曲面で構成される、バイクのタンクをムラなく塗装する仕事も、ロボットがやってる。

実はこれも理由は簡単だ。
まず、工場という閉じられた世界なので、人間世界を想定しなくてよいことから、安全に対する配慮が格段に少なくて済む。
そして、いくら繊細な手の運びでも、機械の精度が向上すれば、真似することは難しくない。
そう、現代のロボットは、職人の手作業ですら、学習可能な精度に達している。

コンピュータは何でもできる反面、何にもできない。
いつだって人間がボトルネックで、人間とのインターフェイスはいつだって開発中だ。
インターネットが普及する過程で、ラストワンマイル、という言葉が使われた時期があった。
でも、それはコンピュータが生まれた時から、現在に至るまで、キーワードであり続けているように思う。

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