更新できなかった友との関係

先日、10年ぶりに元親友の広木と再会した。
お互いの仕事と居住地の都合で、会いたくても会えなかった。
それでも、また会う日を信じて、年賀状のやり取りだけは続けていた。

ただ、何となく連絡し合う回数が減り、気が付いた時には年賀状を送るだけの関係になっている。
年賀状に「また飲もう」なんて書きながら、そんなことあるんだろうか、と考える。


10年ぶりの広木は、心なしか痩せたようにも見えたが、仕事明けでほとんど寝ていないとのこと。
確かに時々、疲れているのかな?と思わせる素振りが見える。

それと同時に覚える、若干の違和感。
何だろう、この不安。

話が進んで行くうちに、何だか広木とは似て非なる誰かが隣にいるような気がしてきた。
言葉にできないツッコミが心の中に溜まっていく。
広木はそんなこと言わないでしょ、とか、そこは前向きに笑い飛ばして欲しいなあ、とか。

変わってないところも沢山あったのだが、そこまでも心の中で否定している自分がいる。
まだそんなこと言ってんの?
俺たち、もうすぐ40だろ?

結局、コレジャナイ感からくる、見えない溝は埋まることなく、10年ぶりの再会はお開きとなった。

その夜は寝付けなかった。
ただ、心置きなく過ごすことが難しいなんて、認めたくない気持ちでいっぱいだった。
変わったのは俺か?広木か?
たぶん、どちらも変わったのだろう。

10年という歳月が、2人の間に溝を作った。
お互いの変化の過程を交換できない期間が長すぎて、過去の記憶だけでは許容できないほど変わってしまったんだろう。
記憶と現実のギャップが、事態をよりややこしくしていた気がする。

次に再会できるのは何時だろう。
もどかしい気持ちと、早く前のように打ち解けたい気持ち、でもそれは難しいという予感。
それでも諦めたくない気持ちが俺の胸に残っているうちは、無理を承知でやってみようと思う。

広木、また会おう!

友よ

友よ

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