ネットは金持ちの道具、貧乏人の娯楽になる

最近は、インターネットの魔法のおかげで、何でも無料で手にすることができる。
しかし実際には、そういう風に見えるだけで、誰もがコストを負担している。

例えば、オンラインゲームのお客さんは課金ユーザーだ。
無料ユーザーは客じゃない、客寄せパンダだ。
複雑なアルゴリズムのコンピュータを倒すよりも、本当の人間の思考と競った方が楽しいし、何より開発コストがゼロな上に、ゲームの宣伝までしてくれる。

無料ユーザーは目に見えないコストを支払うことで、課金ユーザーに倒される権利を与えられたコマだ。
もう少しNPCのAIが賢くなったら、無料ユーザーもいらなくなるかもしれないが、AIの開発自体が行われない可能性の方が高い。
タダにつられて、世界中から貧乏人が群がってくるんだから、そっちの方が安くて簡単、毎度あり~ってなもんだ。

ゲームに限らず、無料プランを設定しているサービスは多い。
ただ、そのサービスが持っている、本来の利便性は課金ユーザーにしか提供されない。
無料プランのパンダたちには、デバッグやフィードバック、そして宣伝することが期待されている。

こうして、サービスによる効率アップは課金ユーザーの手に、サービス向上の作業は無料ユーザーの手に渡り、金を遣ってさらに儲ける層と、金をケチって現在の位置に留まる層の差は、サービスの質に比例して開いていく。

そう、無料ユーザーは現在の位置に留まってはいない。
自分で自分の位置を下げるべく、今日も無料アプリに勤しむのだ。
この差が閾値を超えたとき、無料ユーザーたちの地位が決定的なものになる。
つまり格差が開きすぎて、課金できなくなるってことだ。
そうなったとき、貧乏人の娯楽の選択肢は、無料アプリの質向上のための作業しかなくなる。

貧乏人を喰う奴らを暴く! (宝島SUGOI文庫)

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貧乏人の経済学 - もういちど貧困問題を根っこから考える

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