「新しい」のスローガン化による思考停止を憂う

自称インターネットベンチャー、実質人材派遣の会社に勤めている。

みんなでアイデアを出し合って、ヒット商品を作ろう、と言うありがちなスローガンの下、下請け仕事に精を出しているが、正直なところ、一生ヒットしないだろうな、と感じている。

自分が信じられなきゃ成功なんかするわけないだろ!なんて熱い叱咤激励はいらない。
冷静に分析するほど、不可能な道を選ぶ体質に生まれた会社だってことが見えてくるんだから。

会社というか、社長というか、ウチは「新しい」ことに並々ならぬこだわりがあるようで、ウチが持ってる技術で実現できるアイデアには見向きもしない。
ウチに実績のない、当然ノウハウもないことばかりやりたがる。
幸い、まだ一件も受注できていないが、本当に売れたら誰が面倒見るんだろ?

ウチはたぶん「新しい」の意味を履き違えている。
世間的に新しくないと、ウチみたいな小さい会社は見向きもされないって意見はごもっともですが、新しいってのはあくまで結果ですよ。

試行錯誤の結果、こんな方法で実現できます!ってのが世間的に斬新だったとしても、社内的には、研究して知り尽くして、手順が確立された「社内的」に「常識」じゃないと、利益を乗せて現実的な値段を設定できるとは思えない。
仮に新商品の発表に漕ぎ着けたとしても、新しいかどうかは世間が決めるとこだ。
たまたま誰も知らなくて、お金を出してでも欲しい、と思われた時に初めて「世間的」に「新しい」と認識される。

ウチの中での「新しい」は、最早スローガン化していて、その意味を考えずに馬鹿の一つ覚えみたいに唱えている。
これを無駄な努力と云わずして何と云おう。